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エッセイ

素粒子のささやきを聴く ―「決めた瞬間」に世界が動き出す

素粒子のイメージ画像
素粒子
noira.0453@outlook.jp
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30年前の声が、いま私に届いた

YouTubeで一本の古い動画に出会いました。足立育朗さんが1996年に語った『宇宙の法則と調和のビジネス論』。ちょうど30年前のお話です。画質は粗く、語り口も淡々としている。けれど、その言葉の芯にあるものは、まったく古びていませんでした。

足立さんはおおむね、こう語っているように私には聞こえました。「思考したことが、現実として実現していく」。

最初は、よくあるスピリチュアルな話だと身構えました。けれど聞き進めるうちに、これは決して根拠のない精神論ではなく、私たちの身体を形づくっている「いちばん小さなもの」――素粒子の話につながっているのだと気づいたのです。

人体を分解していくと、最後に何が残るのか

私たちの身体は、ざっくり言えば細胞でできています。細胞は分子でできていて、分子は原子でできている。そして原子は、原子核と電子に分かれ、原子核はさらに陽子と中性子に。その陽子や中性子も、クォークという素粒子からできている。

つまり、あなたの指先も、私の心臓も、ずっとずっと細かく分けていけば、最後には「素粒子」という、ほとんど点のような存在の集まりにたどり着きます。

ここで面白いのは、素粒子の世界では「観測する」という行為そのものが、結果に影響を与えるとされていることです。見る前は、あらゆる可能性が重なり合った「ゆらいだ状態」。それを観測した瞬間に、一つの現実として像を結ぶ。

私はここに、足立さんの言葉と深くつながる何かを感じました。

私たちが「こうなる」と心を定めること。それは、ゆらいでいた無数の可能性のなかから、一つの未来を「観測」し、選び取る行為なのではないか。決意とは、現実をピントの合った一枚の写真へと固定する、レンズのような働きをしているのではないか――と。

「薄々わかっていた」感覚の正体

実は私自身、ここ最近、こんなことを薄々感じていました。

「決めたこと」が、不思議と現実になっていく。

大げさな引き寄せの法則のような話ではありません。もっと地味で、けれど確かな感覚です。「もうこれをやる」と覚悟を決めた途端、なぜか必要な情報が向こうからやってくる。今まで見えていなかった人や機会に、急に気づくようになる。

冷静に考えれば、種明かしはこうかもしれません。決意したことで、脳が無意識のうちにその情報を拾うようになっただけ。世界が変わったのではなく、世界を見る「フィルター」が変わっただけだ、と。

それでも、私はこう思うのです。たとえ仕組みが脳のフィルターであったとしても、「決めると世界が動き出す」という体験そのものは、紛れもなく本物だ、と。素粒子レベルの観測であれ、脳のフィルターであれ、起点はいつも一つ。「私が、そう決めた」という、たった一点なのですから。

エヴァ ―エゴを手放すと、波動が高まる

ここで「エヴァ」という言葉について触れさせてください。アニメのことではありません。足立さんの世界観で語られる「エヴァ」とは、調和を意味します。

私たちはつい、「エゴ」――つまり自我や、自分の都合――を起点に物事を決めてしまいます。損か得か、好きか嫌いか、自分が認められるかどうか。けれどエゴで握りしめているうちは、波動はなかなか整わない、というのです。

反対に、エゴを少しだけ手放して、全体との「調和(エヴァ)」を意識して生きるとき、人の波動は自然と高まっていく。これが足立さんの語る大切な原理の一つです。

ここで先ほどの素粒子の話を思い出してください。私とコップ、私と空気、私とあなたを隔てる境界も、ミクロの視点では、それほど絶対的なものではありません。すべては同じ素粒子の集まりであり、ただ「集まり方」が違うだけ。

だとすれば、エゴの壁を立てて自分だけを守ろうとするより、全体の調和を願って決意するほうが、世界の成り立ちに素直なのかもしれません。誰かのために祈ること、誰かの幸せを願って動くことは、自分の外側への働きかけではなく、同じ素粒子の海に、調和の波紋を起こすことなのだと思えてくるのです。

EXAPIECO(エクサピーコ)―私の中の、本当の私

足立さんの著書には、宇宙の仕組みを説明するための独自の言葉――いわば「宇宙語」がいくつも登場します。そのなかでも私の心をとらえたのが、EXAPIECO(エクサピーコ) という言葉でした。

エクサピーコとは、人間の「本質的な意識と意志のエネルギー体」――昔から人々が魂とか、霊体とか呼んできたもの――を指す言葉だといいます。

肉体は、素粒子が集まってできた、いわば乗りもの。けれど、その乗りものをどう動かすのか、どこへ向かうのかを決めている本当の主体は、エクサピーコ=魂のほうにある。そう考えると、すっと腑に落ちるものがありました。

「思考したことが実現する」という足立さんの言葉も、ただの脳の働きの話ではなく、このエクサピーコという、もっと深い意志の層から発せられた決意こそが、現実を動かしていく――そういう意味だったのではないか。私はそう受け取っています。

エゴ(自我)が握りしめる損得勘定と、エクサピーコ(魂)が静かに望む方向。この二つが一致したとき、人はいちばん大きな力を発揮できるのかもしれません。

直感と閃きは、エクサピーコからの手紙

では、その魂――エクサピーコの望みを、私たちはどうやって受け取るのか。

答えは、おそらく「直感」と「閃き」です。

論理で一歩ずつ積み上げる思考とは別に、ふいに「これだ」と像を結ぶ瞬間がある。理由は後からしか説明できないのに、確信だけが先に立っている。あの感覚こそ、エゴの計算を飛び越えて、エクサピーコがそっと差し出してくれた手紙なのかもしれません。

直感を信じて動くというのは、決して無責任なことではありません。むしろ、自分のいちばん深い意志を信頼するという、最も誠実な選択だと私は思います。

それでも、最後は「決める」こと

素粒子、エヴァ(調和)、エクサピーコ(魂)、直感と閃き。いろいろな入り口から眺めてきましたが、私がたどり着いた結論は、驚くほどシンプルでした。

世界を変えるのは、大それた力ではない。エゴを少し手放し、調和を意識して、「私はこうする」と腹を決めること。その一点から、すべてが動き出す。

30年前の足立さんの声は、それを静かに教えてくれました。観測されるのを待っている無数の未来のなかから、あなたが「これ」と選び取る。その瞬間、素粒子のレベルで、世界はもう動き始めているのです。

さあ、あなたは今日、何を決めますか。

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ハウル
ハウル
自由を目指すアラカン
「人生100年時代」をともに生きるあなたへ。
何かヒントになればと思い2022年11月にブログをスタートしました。
旅(神社仏閣巡り)・還暦野球・ゴルフやってます。

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