次の DEMO をチェックする

エッセイ

マントラは真言宗の「真言」だった! 60代から知っておきたい“唱える言葉”の話

真言宗:マントラの文字、背景に曼荼羅模様
マントラとは
noira.0453@outlook.jp
※記事にはアフィリエイト広告が含まれることがあります。
ハウル
ハウル

みなさんこんにちは。ハウルブログです。今日も元気にお過ごしでしょうか。

人生100年と言われる時代です。還暦(60歳)を過ぎても、まだ残り40年あります。このブログが、還暦を過ぎたみなさまにとって何かのヒントになればと思い、書き続けています。

今日は「真言宗のマントラ」について書いてみます。

「マントラ」と聞くと、何を思い浮かべますか?
ヨガ教室でインストラクターが唱える不思議な言葉、あるいはインドの山奥で修行者がつぶやく呪文……。私もずっとそんなイメージを持っていました。ところが調べてみると、マントラは意外なほど身近なところにありました。日本の仏教宗派のひとつ、真言宗の「真言」こそ、マントラを漢字に訳した言葉だったのです。

マントラ=真言、そのまんまでした

マントラはインドの古い言葉、サンスクリット語です。「考える」という意味の語に「道具」を表す語が付いたもので、ざっくり言えば「心を働かせるための道具」。これが中国に伝わったとき、「真実の言葉」という意味を込めて「真言」と訳されました。

つまり真言宗は、名前からして「マントラ宗」。看板にでかでかと書いてあったのに、60年以上気づかなかったわけです。灯台下暗しとはこのことですね。

真言は仏さまの言葉そのものとされるため、意味を訳さずに、音のまま唱えるのが特徴です。実はお葬式や法事でおなじみの般若心経にも、最後に「ぎゃーてい ぎゃーてい はーらーぎゃーてい」という一節があります。あれも立派なマントラ。知らないうちに、私たちはマントラを耳にしていたんですね。

空海さんと「三密」の教え

真言宗を開いたのは、平安時代の空海、のちの弘法大師です。唐(いまの中国)に渡って密教を学び、日本に持ち帰りました。「弘法も筆の誤り」でおなじみの、あのお大師さまです。

真言宗には「三密(さんみつ)」という考え方があります。

手で印(いん)を結ぶ「身(しん)」、口で真言を唱える「口(く)」、心に仏さまを思い浮かべる「意(い)」。この3つ、つまり体・言葉・心をそろえることで、仏さまと一体になれると説かれています。

コロナ禍の「3密(密閉・密集・密接)」とはまったく別物なので、くれぐれも避けないでください(笑)。

それにしても、体と言葉と心をそろえるというのは、なかなか深い話です。60代にもなると「心は20代、口は達者、でも腰がついてこない」なんてことがよくあります。三密がバラバラなのは、私だけではないはずです。

一番身近な真言「光明真言」

真言宗でよく唱えられるマントラのひとつが「光明真言(こうみょうしんごん)」です。

おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん

一度読んだだけでは、まず覚えられません。早口言葉のようですが、意味はおおまかに「大日如来の光明で、すべてを照らし導きたまえ」といった祈りの言葉だとされています。

最初から暗記する必要はありません。お経本や紙に書いたものを見ながら、ゆっくり声に出すだけで十分。覚えようと頑張るより、音の響きを味わうくらいの気持ちがちょうどいいと思います。

鹿児島と仏教の、ちょっと切ない歴史

私が暮らす鹿児島は、仏教にとって少し特別な土地です。明治の初め、薩摩藩では「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」が全国でも特に激しく行われ、藩内のお寺がほとんど姿を消したと言われています。

鹿児島で古いお寺をあまり見かけないのは、そうした歴史があるからです。それでも今、真言宗をはじめ各宗派のお寺があり、手を合わせる人たちがいる。言葉や祈りが、時代を越えて受け継がれていくたくましさを感じます。

60代からのマントラとの付き合い方

マントラを唱えると、自然と息をゆっくり長く吐くことになります。意味がすべて分からなくても、声に出して一定のリズムで唱えていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。ヨガや瞑想でマントラが使われるのも、うなずける気がします。

もちろん私は僧侶ではありませんので、正式な作法やご利益について語る立場にはありません。興味を持たれた方は、お近くの真言宗のお寺を訪ねたり、高野山や四国遍路の案内を読んでみたりするのがおすすめです。お寺の方は、たいてい初心者にも親切に教えてくださいます。

おわりに

「マントラ」というおしゃれなカタカナ語の正体は、千年以上前から日本にある「真言」でした。遠い国の話だと思っていたものが、実はお葬式の般若心経や、お大師さまの教えの中にずっとあった。この発見だけでも、ちょっと得した気分です。

年齢を重ねると、体も心も思うように動かない日があります。そんなとき、意味は分からなくても口に出せる言葉がひとつあるのは、なかなか心強いもの。今日の夜は、光明真言をゆっくり一回、唱えてみようと思います。噛まずに言えたら、それだけで小さなご利益かもしれませんね。

スポンサーリンク
ハウル
ハウル
自由を目指すアラカン
「人生100年時代」をともに生きるあなたへ。
何かヒントになればと思い2022年11月にブログをスタートしました。
旅(神社仏閣巡り)・還暦野球・ゴルフやってます。

記事URLをコピーしました