昔食べたピーナッツ入りせんべいを思い出す:南部せんべい


みなさんこんにちは。ハウルブログです。今日も元気にお過ごしでしょうか。
人生100年と言われる時代です。還暦(60歳)を過ぎても、まだ残り40年あります。このブログが、還暦を過ぎたみなさまにとって何かのヒントになればと思い、書き続けています。
今日は「日本でいちばん大切にしたい会社」『株式会社小松製菓』
について書いてみます。
「日本でいちばん大切にしたい会社4」を図書館で借りて読んでいます。 この書籍の最初に登場するのが株式会社小松製菓です。
小松シキさんが手焼きで始めたせんべいが、現在まで成長を続けて年商約30億円になっているそうです。たった21丁の焼き型から始まった商売が、ここまで大きくなるとは……。この会社の歴史を知ると、あらためて「継続は力なり」を実感します。
南部せんべいと小松製菓、巖手屋を整理すると、図のようになります。

小松シキさんの物語
小松シキさんが南部せんべいと出会ったのは、まだ12歳だった昭和5年(1930年)ごろのこと。
小松實さんとともに青森県の小さな町のせんべい屋に奉公に出て、せんべい焼きの腕を覚えたのが始まりだったそうです。
昭和23年(1948年)、シキさんはわずか21丁の焼き型を元手に、岩手県二戸市で「小松煎餅店」を開業します。
戦後の貧しい時代でしたが、小麦とゴマだけはなんとか手に入ったため、お菓子どころではなかった地域の人たちにとって、シキさんの南部せんべいは何よりのごちそうでした。
お客さんが持ち込んだ粉をせんべいに焼いて渡す「賃加工」という仕事も急増し、店はあっという間に繁盛したといいます。
面白いのはここからで、従業員を増やしても、焼き型を増やしても、生産スピードを3倍にする機械を導入しても、それを追い越すようにお客さんが増え続けたそうです。
シキさんは昼も夜も関係なく働き続けました。まさに「うれしい悲鳴」というやつですね。
昭和45年(1970年)には株式会社化して「小松製菓」に改称し、販売会社として「巖手屋」を設立。
南部せんべいは全国区の知名度を得て、いつしかシキさんは「南部せんべいのおばあちゃん」という愛称で親しまれるようになりました。
54年間、せんべい焼き一筋を貫いたシキさんの波乱万丈の人生は、のちにテレビドラマにもなったほどです。
そして、シキさんが大切にしていた「人を大事に」という考え方は、そのまま会社の土台として今も受け継がれています。
跡を継いだご子息の務さんも、若い頃は家出をするような時期があったそうですが、いつの間にかシキさんの精神がしっかり刷り込まれていたのでしょう。
今の小松製菓には、南部せんべいを砕いて高級チョコレートでコーティングした「チョコ南部」という大ヒット商品もあり、2009年の発売から250万個以上を売り上げ、会社の売上の2割を占めるまでになっているそうです(10月〜5月の期間限定商品で、夏場は休売になるそうです)。
ひとりのおばあちゃんが手焼きで始めたせんべいが、こうして次の世代へ、そして日本中へと広がっていく。「日本でいちばん大切にしたい会社」に選ばれるのも、うなずける話です。
まとめ:やっぱり買ってしまいました
私の地元のスーパーで、小松製菓のピーナッツの入ったせんべいを探しましたが、見つかりません。でも南部せんべいによく似た、「七尾製菓」のピーナッツ入りせんべいがあったので買いました。
岩手県から鹿児島県だと送料がかさむので、ディスカウントショップのダイレックスには置けないのだと納得しています。
せんべいの棚を見ると、魅力的なせんべいがいくつもありました。なのでプラスして、「亀田製菓」のせんべい、「三幸製菓」のせんべいも買って食べてみました。
ダイレックスでいずれも199円。
本家本元の南部せんべいのピーナッツせんべいを買おうと思って通販を見ると、1,480円プラス送料1,400円となっています。岩手県からは、さすがに遠すぎる……。
似たようなせんべいを4つ買っても、合計800円弱。これはこれで賢い選択だろうと思いました。
でも、シキさんの物語を読んでしまうと、やっぱり本物が食べたくなるのが人情というもの。そのうち買おうと思っていたはずなのに、気がついたら早速注文を入れてしまいました。
みなさんもぜひ、小松製菓の南部せんべいを食べてみてください。


