「卍」の印象:ヨーロッパ人と日本人の違い

人生100年時代です。還暦(60歳)を過ぎても、まだ残り40年あります。このブログが、還暦を過ぎたみなさまにとって何かのヒントになればと思い、書き続けています。
今日は「卍」(まんじ)について書いてみます。
YouTubeで、外国人プロレスラー数人と日本人プロレスラーが雑談する動画を見ていました。その中で出てきた「卍」の話題。日本人の感覚とはずいぶん違う受け止め方をしていて、ちょっとした衝撃を受けました。
プロレスなら「卍」固めでしょ
私が卍と聞いてまず思い浮かべるのは、アントニオ猪木さんの卍固めです。
技をかけたときの身体の形が卍に似ているから、この名前がついたのだろうと思っていて、何の違和感もなく見ていました。ところが動画の中のヨーロッパ出身のプロレスラーは、卍に対して悪いイメージしか持っていない様子。ここで「あれ?」と引っかかりました。
ナチス・ドイツのシンボル、鉤十字(ハーケンクロイツ)
ヨーロッパにはナチス・ドイツに苦しめられた歴史があります。ナチスのシンボルマークは、厳密には卍を45度傾けた「鉤十字(ハーケンクロイツ)」ですが、見た目は卍とほぼ同じ。ヨーロッパの人たちにとっては、この記号イコール悪いイメージなのだろうと推測しました。
不思議だったのは、その選手が20代だったこと。ナチスの時代を実体験しているはずがありません。それでもここまで強いイメージが根付いているのは、やはり国の教育の力なのだろうと感じます。
日本人にとっての「卍」はお寺マーク
動画の中で、日本人プロレスラーが「日本人にとって卍はお寺のイメージ」と話していました。
もちろんプロレスラーなので、アントニオ猪木さんの卍固めも頭に浮かぶのは当然ですが、地図記号にもなっているとおり、卍はまずお寺を指す記号。あらためて、そのことを再認識させられました。
まとめ:国が違えば、教育も文化も違ってくる
同じ記号でも、育った国が違えば意味も感情もまったく別物になる。今回のプロレスラーたちのやり取りは、それを実感させてくれる小さな出来事でした。
世界の各国が成り立つためには、教育は欠かせないものです。国が違えば、教育も文化も宗教も当然のように違ってきます。
昨今の移民問題を見ていても思いますが、異文化と交流すること自体は十分に可能です。ただ、教育も文化も宗教も違う国同士が同じ土地で定住していくのは、簡単なことではないのだと再認識させられました。
プロレスから国際交流を見るのも、なかなか乙なものです。


