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エッセイ

織田信長とドナルド・トランプ 〜450年の時を超えて重なる「破壊と創造」の政治学〜

織田信長とドナルド・トランプの文字に両者のシルエットのアイキャッチ画像
平和へ
noira.0453@outlook.jp
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はじめに〜ふと浮かんだ疑問

先日、ニュースでトランプ大統領の動向を見ていたとき、ふと頭に浮かんだ人物がいました。織田信長です。

時代も国も、置かれた状況もまったく違う二人。しかし「既存の秩序をぶち壊し、新しい仕組みを作ろうとする」という一点において、この二人はどこか似た匂いを放っているように感じたのです。

そしてもうひとつ、大胆な仮説が頭をよぎりました。信長が目指したのは「日本の天下統一」でした。ならばトランプ大統領が目指しているのは、もしかすると「世界の統一」なのではないか──と。

もちろん、武力で世界をひとつにするという意味ではありません。関税、外交、安全保障。あらゆるカードを使って、アメリカを中心とした「自分の描く世界秩序」を打ち立てようとしているように見えるのです。

信長にとっての「天下」が日本全土だったとすれば、トランプ大統領にとっての「天下」は世界そのものなのかもしれない。そう考えると、この450年越しの比較が、俄然面白くなってきます。

今回は、歴史好きの私なりに、織田信長とドナルド・トランプという二人の「破壊者」を比べてみたいと思います。歴史の話としても、現代政治を見る補助線としても、何かのヒントになれば幸いです。

「天下布武」の本当の意味

信長といえば「天下布武(てんかふぶ)」の印判が有名です。この言葉、長らく「武力で天下を統一する」という意味だと解釈されてきました。いかにも「魔王」信長らしい、力による支配宣言だと。

ところが近年の歴史研究では、少し違った見方が有力になっています。「武」とは中国の古典に由来する「七徳の武」、つまり暴力ではなく「戦乱を鎮め、民を安んじ、秩序をもたらす徳」を指すのではないか、という説です。

つまり天下布武とは「力づくで奪い取るぞ」という宣言ではなく、「乱れた世に新しい秩序を打ち立てる」という統治理念の表明だった可能性があるのです。

実際、信長のやったことを見ると、破壊だけではありません。

  • 楽市楽座:既得権益であった「座」を廃止し、誰でも自由に商売できる市場を作った
  • 関所の撤廃:物流を妨げていた関所を廃止し、経済の血流を良くした
  • 人材登用:出自を問わず、実力のある者を抜擢した(豊臣秀吉が典型ですね)

古い仕組みを壊すことと、新しい仕組みを作ること。この両方をセットでやったのが信長でした。

「うつけ」と「アウトサイダー」〜嘲笑から始まった二人

若き日の信長は「尾張の大うつけ」と呼ばれていました。奇抜な格好で町を練り歩き、常識外れの振る舞いを繰り返す。周囲の重臣たちは頭を抱え、隣国からは侮られる。誰も彼が天下に手をかける男になるとは思っていませんでした。

トランプ大統領もまた、政界のアウトサイダーでした。不動産王でありテレビタレント。2016年の大統領選に名乗りを上げたとき、既存の政治エリートやメディアの多くは「泡沫候補」と嘲笑しました。ところが蓋を開けてみれば、その「政治の素人」ぶりこそが、既存政治に不満を持つ人々の心をつかんだのです。

「うつけ」も「アウトサイダー」も、既存の枠組みの中では評価されない存在です。しかし枠組みそのものが行き詰まっているとき、枠の外にいる人間だけが持てる自由さがある。桶狭間の奇襲も、SNSでの直接発信も、「常識に縛られない者」だからこそ打てた一手だったのかもしれません。

トランプ流「アメリカ・ファースト」の構図

トランプ大統領の政治手法を一言でいえば「既存のエスタブリッシュメントへの挑戦」でしょう。

ワシントンの官僚機構、既存の大手メディア、国際的な多国間の枠組み。こうした「これまで当たり前とされてきた秩序」に対して、真っ向から異議を唱え、作り替えようとする。支持者はそこに「しがらみを断ち切る改革者」の姿を見て、批判者は「秩序の破壊者」の姿を見る。評価は真っ二つに割れています。

この構図、戦国時代に置き換えるとどうでしょう。

信長が対峙したのは、権威が形骸化した室町幕府、巨大な経済力と武力を持つ寺社勢力、そして既得権で固められた座の商人たちでした。「昔からこうだから」という理屈が通用しない男が現れ、旧勢力から蛇蝎のごとく嫌われながらも、新しい時代の扉をこじ開けていく。

「既存秩序への挑戦者」という一点において、二人の立ち位置は確かに重なって見えます。

共通点を3つ挙げてみる

私なりに、二人の共通点を整理してみました。

1. 敵と味方をはっきりさせる

信長は比叡山焼き討ちに象徴されるように、敵対する勢力には徹底的に厳しく臨みました。トランプ大統領も、自分に批判的なメディアや政敵への攻撃的な姿勢で知られています。「曖昧にしない」ことが求心力の源泉になっている点は共通しています。

2. 強烈なカリスマと発信力

信長は南蛮渡来の品を身にまとい、安土城という前代未聞の城を築き、自らを演出することに長けていました。トランプ大統領のSNSを駆使した直接発信も、既存メディアを介さず大衆に語りかけるという意味で、時代なりの「自己演出」といえるでしょう。

3. 経済がわかっている

楽市楽座に代表される信長の経済政策は、当時としては画期的な規制緩和でした。トランプ大統領も実業家出身らしく、減税や規制緩和、関税といった経済カードを政治の中心に据えています。手法の評価は分かれますが、「経済を武器にする」感覚は共通しています。

鉄砲とSNS〜時代を変えた「新しい武器」

もうひとつ、面白い補助線があります。「新しい道具をいち早く使いこなした」という点です。

信長といえば鉄砲。長篠の戦いでの鉄砲活用は有名ですが、大事なのは「新兵器の価値をいち早く見抜き、大量調達と運用の仕組みまで作った」ことです。堺を押さえて生産と流通を掌握し、鉄砲を「点」ではなく「面」で使った。道具そのものより、道具を活かす発想の転換が勝敗を分けたのです。

トランプ大統領にとってのSNSは、まさに現代の鉄砲でした。既存メディアというフィルターを通さず、有権者に直接メッセージを撃ち込む。賛否はともかく、「新しい伝達手段が政治の力学そのものを変える」ことを世界に見せつけたのは間違いありません。

新しい武器は、いつの時代も「使いこなした者」に権力の扉を開くのです。

しかし、決定的な違いもある

ここまで共通点を並べてきましたが、歴史好きとしては違いにも触れないと不公平でしょう。

まず、信長には任期がなかったということ。戦国武将は文字どおり命がけで、失敗すれば滅亡です。一方、現代の大統領は選挙で選ばれ、任期という制度の枠内にいます。民主主義国家のリーダーは、どれほど型破りでも、憲法と選挙という「土俵」の上で戦っているのです。

次に、破壊の先にあるもの。信長の破壊は、結果として約100年続いた戦乱を終わらせる方向に働きました。彼の路線は秀吉、家康に引き継がれ、260年の泰平の世につながります。では、トランプ流の政治は何につながるのか。新しい秩序の構築なのか、それとも分断の深化なのか。これは現在進行形の話であり、評価が定まるのは数十年後でしょう。歴史の審判は、いつも遅れてやってくるものです。

そしてもうひとつ。信長には本能寺の変がありました。天下統一を目前にして、最も信頼していたはずの家臣・明智光秀に討たれる。強烈なリーダーシップは、時として身内からの離反という最大のリスクを抱え込みます。これは古今東西、トップに立つ者への普遍的な教訓かもしれません。

おわりに〜歴史は現代を映す鏡

元地方公務員として役所の中を30年以上見てきた私の実感を言えば、組織というものは放っておくと必ず「前例」と「既得権」で固まっていきます。それを壊す人間は嫌われる。でも、誰かが壊さなければ、組織も社会も緩やかに衰退していく。

信長もトランプ大統領も、その「嫌われ役」を引き受けた(あるいは進んで買って出た)人物という点では同じ土俵にいるのかもしれません。ただし、破壊はあくまで手段であって目的ではない。壊した後に何を築くのか。そこで初めて、歴史上の評価が決まるのだと思います。

天下布武の「武」が、暴力ではなく「秩序をもたらす徳」を意味していたとするなら。450年後の私たちが問うべきは、「壊す力」の是非よりも、「その先に何を布(し)こうとしているのか」なのでしょう。

みなさんは、この二人の比較、どう感じられましたか?歴史を補助線にして現代を眺めると、ニュースの見え方も少し変わってくるから面白いものです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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ハウル
ハウル
自由を目指すアラカン
「人生100年時代」をともに生きるあなたへ。
何かヒントになればと思い2022年11月にブログをスタートしました。
旅(神社仏閣巡り)・還暦野球・ゴルフやってます。

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