おみくじを作る会社「女子道社」とは?全国シェア6〜7割の秘密


みなさんこんにちは。ハウルブログです。今日も元気にお過ごしでしょうか。
人生100年と言われる時代です。還暦(60歳)を過ぎても、まだ残り40年あります。このブログが、還暦を過ぎたみなさまにとって何かのヒントになればと思い、書き続けています。
今日は「おみくじを作る会社、女子道社」について書いてみます。
結論から言うと、全国の神社で引くおみくじの多くは、山口県周南市の「女子道社(じょしどうしゃ)」で作られています。
シェアは、全国の6〜7割とされています。
おみくじを作る会社があるなんて、考えたこともなかったので、これには驚きました。
しかも、始まりは商売ではありません。
女性の自立を支える活動の資金づくりだったというのです。
きっかけは森井啓二さんの神社の本
いま読んでいる、森井啓二さんの『神の国日本の美しい神社 神々と共に歩む最高の人生』。
惟神の道(かんながらのみち)の記事でも紹介した本です。
この本に、「女子道社」という会社の名前が出てきました。
全国のおみくじの6〜7割をシェアしている、と。
おみくじを作る会社。
考えてみれば、誰かが作っているに決まっています。
それなのに、これまで一度もイメージしたことがありませんでした。
新鮮な驚きでした(たぶん、私だけではないはず)。
おみくじを作っている会社はどこ?全国シェア6〜7割の女子道社
女子道社があるのは、山口県周南市の鹿野(かの)という地区です。
すぐ近くに、二所山田神社(にしょやまだじんじゃ)という神社があります。
シェアの数字は、資料によって少し幅があります。
- 森井さんの本やご当地紹介のサイト:6割
- ほかの多くの記事:7割近く
- 納めている先:全国5,000カ所以上の社寺と紹介する記事も
会社の公式の発表や統計は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。
なので「6〜7割」と、少しゆるく覚えておくのがよさそうです。
それでも、全国の半分を超えるのですから、たいしたものです。
なぜ「女子道社」?始まりは女性の自立を支える資金づくり
名前からして、不思議ですよね。
「おみくじ社」でも「神札社」でもなく、「女子道社」。
これには、明治時代の宮司さんの志が関わっています。
- 明治38年(1905年)ごろ:二所山田神社の宮司・宮本重胤(みやもと しげたね)さんが、女性の自立のための全国組織「大日本敬神婦人会」を設立
- 明治39年(1906年):機関誌『女子道』を発刊。その資金源として、おみくじの製造を始める
当時、神職になれるのは男性だけでした。
宮本さんは、女性も神職に登用すべきだと訴えたそうです。
その活動を伝える雑誌を出すには、お金がいる。
雑誌を刷る印刷機がある。神社とのつながりもある。
それなら、おみくじを作って神社に買ってもらおう。
こうして始まったのだそうです。
この経緯は、周南市の観光情報にも紹介されています。
女子道社のおみくじの特徴は「和歌」と「神の教」
女子道社のおみくじには、大きな特徴が2つあります。
1つ目は、和歌です。
もともとおみくじは、お寺で生まれた漢詩のものが中心でした。
明治の神仏分離のなかで、神社にふさわしいものとして、和歌を記したおみくじを宮本さんが開発したといわれています。
宮本さんは、歌人としても知られる人でした。
2つ目は、「神の教(かみのおしえ)」という項目です。
大吉か凶かとは別に、神様の教えが短く書かれている欄です。
大吉でも凶でも、まず読むべきはここだ、という見方もあるそうです。
見分け方としては、引いたおみくじに「神の教」があれば、女子道社のものである可能性が高いということになります。
ちなみに、浅草寺のおみくじには「神の教」はないそうです。
種類も豊富で、恋みくじ、こどもみくじ、和英両文みくじなど、全部で18種類あるそうです。
二所山田神社に行けば、全種類を引くことができると紹介されていました。
お寺や神社めぐりの楽しみが、また一つ増えました。
おみくじは今も手作業で折られている
いちばん驚いたのが、これです。
印刷以外は、今もほとんどが手作業。
地元の方の内職として、1枚ずつ折りたたまれているそうです。
ベテランになると、1日に約7,000枚も折るという記事がありました。
仮に8時間で割ると、約4秒に1枚です。
神社で何気なく引いた1枚が、山口の誰かの手で折られたものだった。
そう思うと、おみくじを開く手つきが少し変わりそうです。
オレンジ色の自動頒布機を考えたのも女子道社
神社の片隅に置いてある、オレンジ色や赤色の箱。
お金を入れると、折りたたまれたおみくじがコロンと出てくる、あの機械です。
正式には「おみくじの自動頒布機」といいます。
これを考案したのも女子道社です。
神職さんが1人しかいない小さな神社でも、これがあれば、参拝客はいつでもおみくじを引けます。
全国に広まった理由の一つは、ここにもあるのかもしれません。
目的のために始めたことが120年続いた
ここが、いちばん心に残ったところです。
機関誌『女子道』の発行は、すでに終わっているそうです。
でも、その資金づくりとして始めたおみくじは、120年たった今も全国で引かれています。
つまり、「手段」のほうが、大きく育って残ったわけです。
これは、還暦を過ぎた私たちにも、ヒントになる話だと思います。
私も今、ブログを書きながら、アフィリエイトやAIの勉強に手を広げています。
この先、どれが育って残るのかは、まだわかりません。
始めたときに思っていたのとは違うものが、あとから育つこともある。
目的がはっきりしていて、手元にあるもの(宮本さんなら印刷機と神社のつながり)を使って、地道に続ける。
それだけで、100年後の日本の正月の景色を作ってしまうこともあるのです。
まとめ
今日のお話を、まとめます。
- 全国の神社のおみくじの6〜7割は、山口県周南市の女子道社で作られているとされる
- 始まりは明治時代。女性の自立を訴える機関誌『女子道』の資金づくり
- 特徴は和歌と「神の教」
- 今も1枚ずつ手作業で折られ、自動頒布機を考案したのも女子道社
次に神社へ行ったら、おみくじを引いて、まず「神の教」の欄を探してみようと思います。
吉凶に一喜一憂するのは、そのあとで。
そして、折ってくれた方にも、心の中で「ありがとうございます」と言います!





