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エッセイ

惟神(かんながら)からお酒について考える|禁酒できない60代がAIに聞いてみた

惟神(かんながら)と酒の文字、背景に神棚と野球スイングの練習風景の写真
酒は「神とつなぐもの」
noira.0453@outlook.jp
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ハウル
ハウル

みなさんこんにちは。ハウルブログです。今日も元気にお過ごしでしょうか。

人生100年と言われる時代です。還暦(60歳)を過ぎても、まだ残り40年あります。このブログが、還暦を過ぎたみなさまにとって何かのヒントになればと思い、書き続けています。

今日は「お酒」について書いてみます。

何度目かの「禁酒宣言」

今までに何回「禁酒」を宣言してきたことでしょう。

未だに飲んでいる自分が情けなくもあり、一方で「惟神(かんながら)から見れば、お酒は必要なものなのでは?」と思ったりもします。

惟神でいう「お酒」とは、米と糀で、神様の力を借りるようにして造る純米酒のこと。焼酎やビールとは別物だと思っていました。

そこで一時期、焼酎から日本酒に切り替えたこともあります。でも、アルコールであることに変わりはありません。飲みすぎれば翌朝の目覚めが悪く、頭もスッキリしない。結局、体は正直でした。

AIに聞いてみた

惟神の視点からお酒を考えてみたものの、自分の知識では良い答えが浮かびません。体験なら語れるのですが、過去からの叡智はAIに調べてもらうことにしました。

使ったのは、この記事を書いた時点でのClaude AIの最上位クラス「Fable 5.1」です。

そもそも惟神(かんながら)とは

惟神(かんながら/いしん)とは、神の御心(みこころ)のままに、自然のあり方に従うことです。

『日本書紀』では、神の道に自然と従い、自らも神の道にあることとされています。神道でいう「惟神の道」は、日々の暮らしの中で自然や大いなる存在と調和して生きる姿勢のことです。

【問1】お酒は飲んでいいものなのか?

禁酒した方がいいと思いながらも、神棚にはお酒を上げています。果たしてお酒は飲んでいいものなのでしょうか。何事も控えめが良いのでしょうか。森井啓二さんをはじめ、日本文化に詳しい方々の叡智から、酒との向き合い方を教えてください。

AIの答えは「飲んでよいか悪いか」ではなく、「酒をどこに置くか」という問いだ、というものでした。以下、要約です。

神道では、酒は「神とつなぐもの」

日本の神話で、酒はむしろ祝福の側にあります。高千穂の夜神楽「御神体の舞」では、伊邪那岐命と伊邪那美命が酒を造って仲良く飲み、夫婦円満となる場面が演じられます。酒は人と神様の仲立ちをするものだから「御神酒(おみき)」と呼ばれるのです。

大事なのは順序。酒はまず神に捧げ、祭りのあとの「直会(なおらい)」で、お下がりとして人がいただく。つまり酒はハレ(非日常)の場のもので、ケ(日常)に毎晩飲むものではありませんでした。「礼講があってこその無礼講」という言葉も、この順序を表しています。

神棚に御神酒を上げることと、晩酌をすることは、同じ酒でも意味がまったく違います。前者は感謝の供物、後者は個人の習慣。片方を続けて、もう片方をやめても何の矛盾もありません。

森井啓二さんの視点(AIの理解として)

森井さんは惟神の道を「心神(真我)を曇らせず、天意と自分の意志を合わせて歩むこと」と捉え、「思いと言葉と行為の清浄化」を重んじています。この立場からすると、意識を鈍らせる酒の常用は勧めない方向と考えられます。ただし御神酒を否定するわけではありません。

※著作の一節を直接確認したものではないため、AIの理解として受け取ってください。

ほかの叡智も、ほぼ同じことを言っている

  • 『論語』:孔子は酒量を決めなかったが、乱れるまでは飲まなかった。
  • 貝原益軒『養生訓』:「酒は天の美禄」としつつ、少量なら陽気を助け、多く飲めば身を損なう、と薬にも毒にもなるものとして扱っている。
  • 仏教の五戒「不飲酒戒」:酒そのものが悪というより、ほかの過ちの入口になることを戒めている。

共通するのは「控えめに」より「主体を手放すな」。酒に飲まれた状態は、惟神のいう「清明心(きよくあかきこころ)」から最も遠いところにあります。

「ほどほど」より「けじめ」で考える

神棚には変わらず御神酒を上げる。祭りや祝いの席では、お下がりとして一献だけ感謝していただく。それ以外の日常では飲まない。

禁酒とは「酒を捨てる」ことではなく、「酒を神様の側にお返しする」こと。そう考えると、気持ちの上でも無理がないかもしれません。

「禁酒した方がいいと思っているなら、それが心の声では?」とも言われ、ドキッとしました。

【問2】素振りの感覚が翌日消えるのは酒のせい?

最近はかなり控えていますが、翌日頭がスッキリしません。毎日、野球の素振りを続けていても、良かった感覚を翌日の体が忘れているようです。やっぱり酒のせい?と反省しつつ、汗をかいたあとのビールが美味しくて飲んでしまう。悪循環です。

これへのAIの答えは、目からウロコでした。

素振りの技術は「その夜の睡眠中」に定着する

動きの記憶は、練習中より夜の睡眠中に整理され、翌日「体が勝手に覚えている」状態になります。ところがアルコールは、寝つきは良くしても睡眠の後半を浅くしてしまうため、つかんだ感覚が定着しないまま朝を迎えることになります。

寝る前の一、二杯でも影響は出るので、「控えているのに」という実感とも矛盾しません。お酒は、せっかくの素振りの成果をその日のうちに一部消しているようなもの。反省より「もったいない」と考える方が実態に近いでしょう。

汗をかいた後のビールが美味しいのは、意志が弱いからではない

体が脱水していて、冷たい炭酸と苦味がそれを一気に満たすからです。我慢比べにせず、順番を変えるのが現実的。素振りが終わったら、まず冷えた炭酸水(レモンを絞ると満足感アップ)かノンアルビールを一気に飲む。喉の渇きが消えたあとに、まだ本物が欲しいかを決める。

多くの場合、欲しかったのは「アルコール」ではなく「冷たさと喉ごし」だったと気づくはずです。

先ほどの「けじめ」につなげるなら、素振りの日は飲まない日と決めてしまう手も。翌朝、体が感覚を覚えている経験を二、三度すると、それ自体がビールより気持ちのいいご褒美になり、悪循環が逆回転を始めます。

「もったいない」。この一言が一番効きました。毎日振っているバットの成果を、自分で消していたとは……。

まとめ:お酒とは「けじめ」を持って付き合う

結論として、自分に甘めではありますが、「お酒とはほどほどに、けじめを持って付き合う」ことにしました。

  • いい練習ができた日は飲まない。感覚を体に定着させるため。
  • 暑すぎる屋外から帰ってきた日は、ビール1本までOK。ただし先に炭酸水で喉を潤してから。
  • 日本酒なら1日1合まで、焼酎ならその半分程度。または飲まない。

焼酎は日本酒より度数が高いので、同じ1合でもアルコール量は1.6倍ほどになります。鹿児島県民としては耳の痛い話ですが、ここは正直に書いておきます。

それから、最初にしっかり食べるとお酒が欲しくなくなる、という体験もしています。体の調子、そして野球やゴルフのパフォーマンスを上げることを一番に考えて、お酒と付き合っていこうと思います。

神棚の御神酒はこれからも欠かさずに。

人生、ぼちぼちいきましょう!

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ハウル
ハウル
自由を目指すアラカン
「人生100年時代」をともに生きるあなたへ。
何かヒントになればと思い2022年11月にブログをスタートしました。
旅(神社仏閣巡り)・還暦野球・ゴルフやってます。

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