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信仰

ムドラと印の違いとは?ヨガと空海の真言密教、65歳の私の答え

夜明けの光と五重塔を背景に、親指と人差し指で輪を作るムドラの手。ムドラと真言密教の印の違いを表すアイキャッチ
ムドラと印の違い
noira.0453@outlook.jp
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ハウル
ハウル

みなさんこんにちは。ハウルブログです。今日も元気にお過ごしでしょうか。

人生100年と言われる時代です。還暦(60歳)を過ぎても、まだ残り40年あります。このブログが、還暦を過ぎたみなさまにとって何かのヒントになればと思い、書き続けています。

今日は「ムドラと空海の真言密教の印は同じものなのか?」について書いてみます。

結論から言うと、ヨガの「ムドラ」と真言密教の「印(いん)」は、もとは同じものです。

「印」は、古代インドの言葉(サンスクリット語)の「ムドラー(mudrā)」を、中国で漢字に訳した言葉だからです。

ただし、インドから日本へ渡ってくるあいだに、目的と使い方が少しずつ変わりました。

  • ヨガのムドラ:自分の体の中の生命エネルギー(プラーナ)を調える
  • 真言密教の印:仏さまと一つになるための「しるし」

ざっくり言えば、親戚どうしだけれど、住む家が違う。そんな関係です。

きっかけは森井啓二さんの神社の本

先日、惟神の道(かんながらのみち)の記事で、図書館で借りた森井啓二さんの『神の国日本の美しい神社 神々と共に歩む最高の人生』を紹介しました。

その本の中に、「ムドラ」という言葉が出てきます。

神社の本なのに、ヨガの言葉が出てくる。それが、ずっと気になっていました。

ムドラは、手や指で形を作るものです。

それを読んだとき、ふと思いました。

「これって、空海の真言密教の『印』と同じじゃないの?」

ムドラとは?古代インドの「封印」「しるし」

ムドラー(mudrā)は、サンスクリット語で「封印」「印章(はんこ)」「しるし」という意味です。

古代インドでは、神さまにお祈りするときや、瞑想するとき、そして舞踊の中で、手の形が使われてきました。

インドの古典舞踊を見ると、指先で花や鳥を表していますね。あれもムドラです。

ヨガのムドラは「プラーナを調える技法」

ヨガでは、ムドラは生命エネルギー(プラーナ)の流れを調える技法とされています。

よく知られているのが、親指と人差し指の先を合わせて輪を作る「ギャン・ムドラ(ジュニャーナ・ムドラ)」です。

瞑想をしている人の写真で、ひざの上に手を置いて、指で輪を作っている姿を見たことがあると思います。

ヨガの伝統では、ムドラはポーズ(アーサナ)や呼吸法(プラーナーヤーマ)にある程度慣れてから学ぶもので、本来は師匠から弟子へ伝えられてきたそうです。

空海の真言密教の「印」とは?

一方、日本で「印」といえば、仏像の手の形を思い浮かべる方が多いと思います。

仏像の手の形は「印相(いんぞう)」と呼ばれます。

印の名前意味
施無畏印「恐れなくてよい」と安心させる
与願印願いをかなえる
法界定印瞑想して心が定まった姿(胎蔵界の大日如来)
智拳印仏の智慧(金剛界の大日如来)

印を見れば、その仏像が誰なのかがわかる。印は、仏さまの「名札」のような役目もしているのです。

三密加持:手と口と心で仏と一つになる

空海が開いた真言密教では、印はもっと大事な意味を持ちます。

それが「三密加持(さんみつかじ)」です。

  • 身密(しんみつ):手に印を結ぶ
  • 口密(くみつ):口で真言を唱える
  • 意密(いみつ):心に仏さまを思い浮かべる

この3つをそろえると、仏さまと自分が一つになり、生きたまま仏になれる(即身成仏)。

これが空海の教えの中心です。

つまり、真言密教の印は、体の調子を整えるためではなく、仏さまとつながるための入り口なのです。

以前、空海の理趣経の記事や、仏教の宗派マップの記事でも空海のことを書きました。

調べるたびに、空海の考えは奥が深いと感じます。

ムドラと印の共通点と違い

ここまでを、表にまとめてみます。

ヨガのムドラ / 真言密教の印
語源どちらもサンスクリット語の「ムドラー」
ふるさとどちらも古代インド
目的ムドラ:プラーナ(生命エネルギー)を調える / 印:仏と一つになる
組み合わせムドラ:呼吸法・瞑想と一緒に / 印:真言・観想と一緒に(三密)
誰の手かムドラ:自分で結ぶ / 印:仏像の手の形でもあり、お坊さんが修行で結ぶものでもある
伝わり方どちらも本来は師から弟子へ

共通点は、「手の形」と「呼吸・言葉・心」をセットにするところです。

手だけを形にしても、それだけでは意味が薄い。体と心をそろえて、はじめて働く。そこは同じだと思います。

違いは、向いている先です。

ヨガのムドラは、自分の内側(体と心)に向いています。

真言密教の印は、仏さま(宇宙そのもの)に向いています。

ちなみに、真言宗の本格的な印は、師匠から正式に授かるもので、人に見せびらかすものではないそうです。

私のような素人が、まねをして「印を結んだぞ」と言うのは、ちょっと違うのでしょう。

ムドラの効果は?期待されていること

では、ムドラにはどんな効果があるのでしょうか。

ヨガの世界では、こんな効果が期待されているといわれます。

  • 呼吸が深くなり、気持ちが落ち着く
  • 集中しやすくなる
  • 瞑想に入りやすくなる

ただし、医学的にはっきり確かめられたものではありません。

病気を治すものではなく、心を落ち着けるための「スイッチ」くらいに考えるのがよいと思います。

私が思うに、いちばんの効果は「指先に意識を向けること」そのものです。

指で輪を作り、ゆっくり息をする。

それだけで、頭の中のおしゃべりが、すこし静かになります。

ムドラはマインドフルネスな時間をくれる

最近よく聞く「マインドフルネス」は、「いま、ここ」に心を向けることです。

ムドラは、そのための手軽な道具になります。

人生は儚い(はかない)ものです。

「儚」という字は、「人」と「夢」でできています。人の夢は、すぐに消えてしまう。

だからこそ、1日のうちに数分でいいので、手を組んで、息を整えて、「いま、ここ」にいる時間を作る。

60代の私には、そういう時間がとても大事に思えてきました。

守破離:ゴルフの上達にも通じる

ムドラも印も、本来は師匠から弟子へ、決まった形を正しく受け継ぐものです。

これを読んで思い出したのが、「守破離(しゅはり)」という言葉です。

  • 守:師匠の教えた型を、そのまま守る
  • 破:型をもとに、自分なりに工夫して破る
  • 離:型から離れて、自分のものにする

茶道や武道で使われてきた言葉ですが、私はこれがゴルフの上達にもぴったりだと思います。

まずは、グリップやアドレスの「型」を守る。

慣れてきたら、自分の体に合わせて工夫する。

最後は、型を意識しなくても、自然にスイングできるようになる。

ゴルフのグリップも、言ってみれば一種の「印」です。

手の形が決まると、心も決まる。

スイングのリズム感の記事でも書きましたが、ゴルフは心と体をそろえるスポーツだと感じています。

まとめ:ムドラと印は「同じ根っこの、別の枝」

今日は、「ムドラと空海の真言密教の印は同じものなのか?」について書きました。

  • ムドラも印も、語源は同じサンスクリット語の「ムドラー」(封印・しるし)
  • ヨガのムドラは、自分の体のプラーナ(生命エネルギー)を調える技法
  • 真言密教の印は、三密加持で仏さまと一つになるための入り口
  • 共通点は、手の形と、呼吸・言葉・心をセットにすること
  • 違いは、向いている先(自分の内側か、仏さまか)
  • 型を守って受け継ぐ姿勢は、守破離として、ゴルフの上達にも通じる

同じ根っこから伸びた、別の枝。

それが、私なりの答えです。

みなさんも、寝る前の数分、指で輪を作って、ゆっくり息をしてみてはいかがでしょうか。

儚い人生だからこそ、「いま、ここ」を味わう時間を持ちたいものです。

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ハウル
ハウル
自由を目指すアラカン
「人生100年時代」をともに生きるあなたへ。
何かヒントになればと思い2022年11月にブログをスタートしました。
旅(神社仏閣巡り)・還暦野球・ゴルフやってます。

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